WRITE THE LIGHT

溟犬一六のWEB小説

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もうすぐスイッチ

オーソドックスなショートショート

読了目安:5分


 悪いことをしてしまったな。
 
 夢が途切れた瞬間、私の視界は真っ白だった。床はいやに冷気を帯びており、つややかだった。下にしていた左腕が痺れている。
 どこまでも続いているように感じられる白。横になったまま右腕を伸ばすと、冷気が掌に伝った。壁だ。この壁と同じくらい、私の頭の中も真っ白だ。真っ白な頭の中を、後悔が転げ回っている。
 息をつくと、やたらと甘い、妙な香水のようなにおいがした。
 ああ。悪いことをした――何度も胸の内で呟いていると、背後で笑い声が聞こえた。男の、下品で騒々しい笑い声だ。
 体を起こしてそちらを見ると、二人の男が丸テーブルを挟み、椅子に座って向かい合っている。
 白いテーブル。白い椅子。彼らは白い服を着ていた。精神病患者のような簡素な服だ。ふと自分の服に目を移すと、同じものを着ていた。裸足の足が冷たかった。
 どうやら夢は続いているらしい。
 彼らに視線を戻す。一人は彫りの深い顔だちをした、がたいのいいスキンヘッドの男。もう一人は大きな鷲鼻が特徴的な、ドレッドヘアの痩せた男。二人とも手にトランプカードを数枚持っている。ポーカーだろうか。テーブルの中央に手を伸ばし、手札にカードを加え、一枚をテーブルに戻していた。
 カードを引く度、二人は大笑いしている。腹を抱え、スキンヘッドの方は涙を浮かべてさえいる。それでいて手札は相手に見せないように、警戒しているように見える。
 ドレッドの甲高い笑い声は、耳障りだ。
 馬鹿笑いの中、私は周囲に視線をやった。部屋の広さは八畳程度だろうか。窓は無かったし、扉も無かった。天井には光源も見当たらない。
 ふと気付いた。部屋の隅、壁と床とのあわい目付近に、わずかな隆起が見える。目を細めると、ちょうど蛍光灯のスイッチのような形状をしていることが分かった。
 部屋に充満していた笑い声が、蒸発するように消え去った。静寂に思わず息を止めて、男達を見た。
 二人とも私を見ている。目がぎらついている。低く、ざらついた声でスキンヘッドが言った。
「スイッチを絶対に押すなよ」
「どうしてだ」
 私が質問すると、ドレッドヘアがまた笑い出し、カードを引いた。スキンヘッドは真顔のまま、私を見据えている。
 私は問い質した。
「この部屋は一体何だ。お前らは何をしている。あのスイッチはどういう意味がある」
「聞いては駄目だ。そのうち分かる。とにかく、スイッチを押すな」
 会話が終わると、スキンヘッドもカードゲームに戻った。カードを一枚引いては、一枚をテーブルへ戻し、大笑いを繰り返した。一体何がそんなにおかしいのだろう。
 私は首を振り立ち上がった。二人が私に注意を向けた。しかし、カードを引く手は止まらないらしい。
 狂った声の中、私はスイッチの場所へ向かった。
「やめろ」
 スキンヘッドが叫んだ。ドレッドはテーブルに突っ伏して笑った。カードが数枚、床へ落ちる。
「やめてほしければ、力づくで止めれば良いだろう」
 狭い部屋だ。飛び掛かれば簡単に押さえられるだろう。私はスイッチへとかがみ込んだ。
 笑い声と、やめろという叫び声とが飛び交っている。ちらと見ると、二人とも相変わらずカードを引いては捨てている。
 まったく、嫌な夢だ。
 私は息を吐きスイッチを押した。
 
 私は椅子に座っている。テーブルの中央にカードの山がある。そこから一枚手札を引くと、向かいに座るドレッドが目に涙を浮かべて笑い出した。
 視界の隅の方、部屋の隅で、うめき声が聞こえた。体格から判断するに、女のようだ。
 ドレッドはお構いなしにカードを引く。私は笑った。たまらなく、おかしい。目をつぶる。よだれを流す。笑いが止まらない。
 ああ、悪いことをした――奥歯を噛みしめても、笑気が漏れてくる。そういえば、あのスキンヘッドはどこへ行っただろう。
 もはやどうでもいいことだ。
 汚い声で笑った。笑い続けているとドレッドが叫んだ。
 頼むから、スイッチを押さないでくれと。

 

 

(おわり)

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