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溟犬一六のWEB小説

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ザ・メンタル男のミラーハウスチャレンジ

怪談系ショートショート

読了目安:5分


 ああ、こいつはどうも。最近この辺の飲み屋でよく会いますねえ――はい、乾杯。
 そういやちょっと聞いてくださいよ。この間、ちょっとしたことがありましてね。
 もう廃園してだいぶ経つ、県境の遊園地ありますでしょう? あそこのミラーハウスは入り口のすぐ隣に出口があるタイプなんですがね。出口から入って入り口から出てくると、人が変わったようになるなんて噂があるんです。人格がね、鏡に映したみたいに正反対になっちまうっていうんですよ。
 悪人なら善人になるし、善人なら悪人になる――そんなバカな噂があったんですが、俺はひょんなことから、ある一人の男とミラーハウスへ行って来ることになりましてね。
 その男ってのは宗教の「教祖」なんてうさんくさい爺さんでね、俺の親友を誘っていやがったんですよ。
 これがまあ怪しい宗教でして。
「精神を統一した完全な平穏の先にこそ幸福がある」
 なーんて口上で。
 人間なんて、多少感情的な方が楽しい人生を送れるに決まってるじゃねえですか。親友はバカじゃねえし、そんな宗教なんか……。
 ところがですよ。困ったことに親友はその宗教に乗り気でしてね。大切なダチが妙な世界に入っちまうのを止めるために、俺は単身、爺さんのところに乗り込んだんですよ。
「おいこらお前怪しいぞ。サギ野郎めウソつきめ」
 ってね。
 ところがその男――これがターバン巻いた白ヒゲのガリガリの、手足が伸びそうな感じの爺さんなんですが、
「何をおっしゃいます。私の精神は平坦の極み。すべてイーブン。何も変わらないからこそ今この瞬間も幸福まんぷく。さああなたも入信しなさい」
 とこうくるわけですよ。
 この野郎この俺まで誘いやがるかと、いよいよ頭にきてしまいましてね。
「じゃあこうしよう、てめえのメンタルがまっ平らかどうか確かめてやろうじゃねえか!」
 とこうなったわけです。ここで登場するのがミラーハウスですよ。
 いやいや、もちろん「人格が反対になる」なんて妙な噂は信じちゃいませんでしたし、教えませんでしたよ。ただの肝試しでさ。たかだかむさっ苦しい男二人を誘うためにそんな面倒で怖いマネするとは思わないでしょう? ところが爺さん、ほっそい目で、
「フォッフォフォいいでしょう。肝試し、やってみせましょう」
 なーんてぬかしやがる。
 車に爺さん突っ込んでいざ廃遊園地。夜中も真夜中、丑三つ時ってなもんで辺りはシーンと静まり返って鈴虫合唱、蛾の羽ばたく音。ちょいとしゃべりゃあ口の中には飛び込む羽虫。ぺっぺペぺってなもんで。
 どんな男でも縮みあがっちまうその場所で「さあ爺さん出口から行ってきな」と懐中電灯渡してやりゃあ、さすがに怖くなって謝るだろうと思ったんだが、その爺さん、
「それでは行ってまいります」
 なんてトットコ中へ。
 待ってる間の怖いこと。とはいえ俺の親友の未来がかかったことですからね。俺は必死に考えましたよ。このままじゃあ、野郎の勝ちになっちまう。出てきたあいつをどうにかして言い負かしてやれないかってね。
 ものの数分。爺さん変わらぬ足どりで入り口から出てきやがった。俺は食ってかかったね。
「おい爺さん、何か変わりはないかい?」
「なんじゃなんじゃい。何も変わりはないがねえ」
「そいつはおかしい。ここには妙な噂があるんだぜ。人格が正反対になってるはずだ」
「それなら正反対になったんじゃろう」
 なんて爺さん抜かしやがる。俺がどういうことかと尋ねると、
「ワシのメンタルは平坦じゃから、正反対になってもこれこの通り、何も変わらず平坦なんじゃ」
 俺はうっかり爺さんに先手を取られたことに気付いたが後の祭り。
「いやいや、忘れてたぜ、正反対になるのは性別もだ! 爺さんモノはついてるか?」
 なんて嘘八百を並べても、爺さん股間を叩いて高笑い――かどうかも分からねえ平坦な笑い声とくらあ。俺は負けを認めて意気消沈。帰路についたってわけで――いやいや、まだちょいと話には続きがありましてね。
 帰りの国道で爺さん、「トイレに行きたいなんて」抜かしやがる。その自慢のメンタルで我慢できねえのかいなんて思ったもんだが、生理現象だしねえ。爺さんいじめても仕方ねえや。俺も一服したい気分だったし、コンビニに寄ってやったのさ。
 爺さんはトイレへ。俺はレジでタバコを頼んでると、
「ひやあーっ!」
 トイレから爺さんの悲鳴だよ。俺はどうしたどうしたと慌てて駆けつけたら爺さんこう言った。
「右曲がりが、左曲がりになっとる!」
 俺は笑っちまってね。正反対になるのは性格だけじゃなかったってわけだ。そりゃあどんな男でも「ひやあー」なんて驚くさね。
 この話を聞いた親友も「ああ、なんだ普通のお爺さんだったんだな」なんて笑って考えを改めてくれたが――しかしあの爺さん、もう少し修行を積んだら本物になるかもしれないねえ。

 

 

(おわり)

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